嫌いな人やみんなの悩みに飲み込まれてしまいそうで
そこでそんな人の悩みが気になってしまうだなんてわたしは弱いなと思う
1年くらい前まで人の悩みが気になっていることにすら気がつかなかった
わたしにとって人のことが気になるのは当たり前だったから。
昨日ちょっとまとめてフィルムを現像に出した
撮った写真をひとりで見るとなんとも言えない、うれしく愛おしい気分になった
けど今日学校で写真や展示することを考えなくてはいけなくなったら、ひっくり返るように自分の機嫌が悪くなる。
とにかく何かに寄りかかっていたくて、誰かを頼りたくて仕方がなくなってしまう。
まあそんなひとはあそこにはひとりもいないし、もう2年くらいそういうひとが学校にいない。
まあ、「なに求めて学校行ってんだ!勉強しろ!勉強!」って思われたらなにも言い返せないけど!
写真って美術?ではないけどそういう"芸術的"な分野の中では職業にしやすいから、専門に行ったのにそれを活かした仕事につかないのは勿体無いと言う人が多いと思う。
もう写真を勉強していると言うのがめんどくさい。
だからって自分のことを写真家というのもなんだか気持ち悪い。
なんだ、写真家って。偉そうだ。
ただ、世の中がわたしのことを写真家だと言ってくれる時はそう名乗ろうと思う。
偉そうなのは嫌だ絶対に偉そうになんてなりたくない。
"エム"なんだろう!きっと!アハハ!エム!アハハ!
ハーア。
どうやったら世の中がキラキラして見えるか忘れた
今まではなにかすてきなフィルターがかかっていたはずだった
全てがはかなくいとおしく見えるようなフィルター。
今ただ、目の前の景色が曇りなくあるがままに見えている。
大人になったのかもしれない。
年がら年中、誰かの線の上を歩いていたわたしは
マンションの家の窓のいっこいっこが微妙に違う色で光っているのを見て胸にすてきな気持ちをじわ〜っと湧かすことができたのだ(ピンクレモネードみたいなやつね)
今はなにも湧いてこない
搾りかすみたいなものが決まり悪く残ってしまう
ああそうだこれをきっと邪念と言うんだろうな
ゆるさない!!!
わたしは邪念をゆるさない!!!
一刻も早くわたしの心から消えて欲しい
夏の雲のようにモクモクとあたらしい気持ちが生まれるといい。
それをスプーンですくって食べるんだ
甘ったるくてすうっと舌の上で溶けるだろう
かき氷を入れるような太ったワイングラスみたいなお皿にいれるのもいいかなと思う
アハハ…
疲れてんだろうな…わたし…笑!