体を左右に動かしたり、頭を傾けてみれば見える自分からの360°
陽の当たり具合、雲の動き、車や鳥が通り過ぎて行く様。
愛おし過ぎてなんだかよくわからない。このやりきれない気持ちみたいなのがシャッターを切らせているのかね。わかりたい。他のことの何が私の気持ちをよじらせるのか。写真でわかる気がする。いや、絶対にわかる。
いやあすいませんきもいこと言って。
写真や、この四角に納めない限り、好きという気持ちがどんどん膨らんでいって止まらなくなってしまう。
写真を撮るっていうそれくらいでしか世の中を許容できないんだなと思った。さみしいやつだ!愛に溢れたものの末路だこれなのか!ウハハ!悪くないのかも。
写真が撮れそうな気がするから早く人に会わないといけない。写真は個人プレーだけど自分以外がないと成り立たない。それは友達だったり社会だったり、自然の全てだったりする。世の中がすごく普遍的なものだったら写真なんて生まれなかった。人が年を取らなければ写真なんて生まれなかった。
天気がいい日はもうそれだけで何も要らないから散歩して帰って来て人とくっつく。とにかく人とくっつくことがよく似合う。
どうぶつの森を始めようか始めないかそういうことを迷うここ何日か。