その時だけの言葉

今年中に脳みそがびりびりしびれるような文章を読みたい。ナオコーラの本、今年中に読めたらいいな。

 

 

 

写真にも文章にもならないすごく純粋な生っていうのがある。それはそれはもう圧倒的でパンチを食らう。

 

誰かとの会話。誰かに連絡をする、誰かからの連絡を待つ。電話をかける、電話がかかってくる。それを取る。話を聞く。話をする。

目を見る。触ってみる。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

今日、仕事納めのアルバイト中、店長が島尾伸三の本について教えてくれた。

ついうっかりして写真について忘れてしまう時期がちょいちょいあって、島尾さんの話を聞いた時「あ、いっけない、写真。」と、なった。ついうっかり写真について忘れていた。撮ることは撮るんだけど考えることをちょっとばかし忘れていた。

ビューと日々を勢いで過ごしていると反芻するのを忘れてしまう。電車が出るからってブツッと切ってしまった電話なんかを私は結構ずっと気にする。それからビューとすっ飛ばして明日を迎えてしまうと反芻を忘れちゃってて忘れちゃいそうになる。

記憶の端々からパーツを拾って、なんとか一本の線をつくってみる。

 

バサバサと写真を撮ってそれからまた写真を撮る。反芻するのを忘れてた。

年の瀬に今年を振り返ったりするのってなんか決まり悪いけど、時間くらいでしか区切れない。

上手くなったか、ヘタになったか。

生活に馴染んだか、馴染まなかったか。

いやいや全然そういうことじゃない。

生活を、命を削っているんだからそれがどういう形だったかを見定めなきゃいけない。

 

だからそれを…明日…絶対明日やるよ…絶対にね…

 

生きていることに一生懸命じゃない人っている。そういう人全然好きじゃないなって思った。誠実に悩むことができて、他人に優しくできる人が好きだ。そういう人見ると本当の人だなって思う。

生きることくらいには真剣でいたいよ。

気持ちを波立たせて、奮い立たせてくれる人っているよね。そういう人に引っ張られやすいんだけど上がるも下がるも振り回されるもまあそれはそれで幸せだと思う。

幸せな人って羨ましいな。わたしも幸せだけどさ、憧れる幸せってなんかちょっと違うんだよな。もっとこう軽くてさあふわふわのさあ。

 

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1日で終わってしまう特別なことなんかさあ、がんばれないのよ。 

どうでもいいことがずっと続いてほしいなって思うだけなのよね。