第1日目

嫌な気持ちも消え去り、外へ出てみれば肌を覆う湿気と熱気にめまいがしてしまう。今日は曇っているし、わたしは23歳だけども、クーラーを効かせたこの部屋はどうしてか、なつかしいあの夏休みのようである。

最近というもの私には野心がありません。ただちょっとばかし多感の普通の人。というような感じになってまして少々焦っております。しかし、焦っても仕方がないのです。焦っては、その焦りにまた焦らされ結局何に焦ってんのかわからなくなってもぬけの殻、という感じになってしまいます。これ、使い方あってる?

ほいでまあ、毎日がお休みみたいなフリーターっていうんですかわたし、いわゆる。そういう"世の中的"にはなんとも言えない立場ですが、友達と楽しく暮らし、昼近くまで眠るというどうやらすてきな生活習慣の特権を活かしてってことで、今日から夏休みってことにします。

先日彼とハリーポッタークイズをやった。わたし、ハリーポッター好きだけど本は読んでないし詳しくはわかんないんけど、少ない記憶を遡り振り絞りクイズを出題しまくった。わたしにしては、快挙。見た映画は好きでもすぐ忘れちゃう。
ほんで、それからですね、まあ大体いつもそうなんですけど、そういう魔法使いとか、エルマーとりゅうとか、ドリトル先生とか、モモとか、童話とか、高校生の時に読んでた本とかそういう物語を頭の中が読んで欲しがっていたので、夏休み課題図書のサイトをのぞいて見ました。面白そうな本がいくつかあった。

メモメモ。
この三冊は読んでおこうと思いました。モモ読んでないのは恥ずかしいから早急に読みます。
この時期の三省堂とかたのしいんだよね〜本屋さん、行きまくりたい。

ヘルマンヘッセとか、サンデクジュペリなどなど、いろいろ巡ってたんですね、そうしたら赤毛のアン、読んだことないなって気がつきました。バイトに行くついでにブックオフに行って本を買おうと思い、今日はバイトまで映画でも見るかーってNetflixを立ち上げたら「アンという名の少女」という、Netflixオリジナルの作品が上の方にあったので見ることにしました。

ネタバレ入るというか、作品の紹介をして見ようと思います。続かなさそうで怖いですが。

アンちゃんは、孤児院からある年とった兄妹のとこに行くんだけど、そのおじちゃんとおばちゃんは、田舎の悠々とした土地で馬とかを育てたりしてるの。うちらも歳だしさついでに手伝いをしてくれると都合ええなって、男の子をくださいって孤児院に伝言したんだけど、伝言が入り組んじゃって女の子、そうアンちゃんが来るわけ。おじちゃんが駅まで馬車でアンちゃんを迎えに行くんだけど、あれ男の子いないじゃん?ってなったけどまーうれしそうにアンちゃんぺらっぺら喋りまくりますし「あーれ、男の子って言ったんだけど女の子きちゃったっぽいな、とりあえずあれだし連れて帰ろう」って感じで馬車で一緒に帰るんです。まーこのこよく喋るわ、感受性は豊かだわで花とか湖とかにめっちゃ感動するのうるさいんだけど、そのおじいちゃん物静かなおじいちゃんでさ、なんか無表情ながらにペラッペラペラッペラ喋ってるアンちゃんの話を聞いてるわけよ。いい男だよ、おじちゃん。かわいいわ。
そんでおばちゃん(妹)はもう真面目な人なわけよ厳格っていうか、ちゃんとしてる人。マクゴナガル先生みたいな感じ。悪い人じゃないんだけどさ〜。おくりかえせっていうわけ、アンちゃんを。でも流石にそれはあれだよねってなって1日だけ置いてくの。長引くフラグだよね。
そうしてアンちゃんのトライアル期間がスタートするの。人間にこんな単語と使うのはひどいなあと思いながら「トライアルだから」っておばちゃんはアンちゃんに言うの。おじちゃんはもうまんざらでもないの。元気でいい子だなって思ってる。んでまあいろいろあっておばちゃんも仲良くなってくんだけど、ある時おばちゃんの大事なブローチがなくなっちゃって、おばちゃんはそのブローチを綺麗だねと言っていたよそ者のアンちゃんを真っ先にって、明日の朝一番で帰れって、孤児院に返しちゃうんです。さあ、さてさてどうなるってとこなんです。

 

物語のあらすじだとかなんだとかはまあ、みたいなって思った人が見ればいいのでほんとはそんなのどうだっていいんですよ。
そんなことより、おばさんがアイロンをかけるシーンがあってね、私はそこに感動しました。赤毛のアンの時代は、作者のモンゴメリ(いい名前。頭の中で何度も口に出しちゃう。)がちびっこだった時の1880年頃の話なんだって。そんな150年くらい前の話なのに、壁に飾ってある絵は額縁に収められきちんとガラスまで張ってってあって。きっとそれは機械で作ったものではなく、人の手で額の模様を作っただろうし、1880年に絵の透き通る透明なガラスがあったことなんて、全然信じられない。私には学力がないから時代感がわからないけど、自分が今現代に生まれる運命さえも危うい時代に、まるで機械で作ったようなものが、今と同じようにあることにとても感動した。昔の人に聞かせたら「機械なんかなくてもそれくらいできるよ〜!失礼だな〜!」って思わせてしまうかもしれないけど。
いま、このテーブルに乗っているものたちが手で作られたものなのか、機械で作られたものなのか考えたこともなかった。ジュースの入っていた空き缶。うどんを食べた時に使ったどんぶりとお箸。はなちゃんの買ってきた灰皿。タバコ。ティッシュ、日焼け止め、鍵、きらきらひかるキーホルダー。なぜか水に挿してある笹の葉は人でも機械でもなく、太陽が形を作ったものだけど。なんだかそんな小さなことにいたく感動しました。

こうなったらいいなって、きっとこうなるだろうってみんながワクワクしながら読み進めて行く物語とかっていいよね。宇宙兄弟とか。ムッちゃんはいつか絶対宇宙に行ってすてきな宇宙飛行士になるよね。きっとねって思いながらみんなが読んでるから、だからあれはいい漫画なんだよね。ルフィだってきっといつか海賊王になるよね、空島から読んでないけど。

赤毛のアンはどうなのかな、なんとなく、病気になったり、またいじめられたりとかしてしまうんじゃないのかなってちょっと心配だけど、今一話見ただけで人の温かさやなんといいますかアンちゃんの世界を信じる姿勢などに感動して5回くらいは泣いてしまいました。二話目もたのしみです。

 

今日の夏休み感想文はこんなところにしておきましょうかね。二話目を見たいんですけどこれを書き始めてしまったり、新日本プロレスG1 CLIMAX28の前日会見も始まってしまったし、お風呂に入ってバイトの準備をしなきゃいけないしいっそがしいわ!困ったわ!