可愛がりたいからはだめ。buddyとして動物たちと暮らしていくべき。
動物虐待をする人は死刑でもいいと思う。
でもそうするとボーダーが難しくなりそうだ。
世間は多数派の意見で成り立っているから、みんなが社会だとしている社会では馴染めないルールも意味不明なルールもたくさんある。たくさんありすぎるので割愛。
だから自ずと少数派である人たちはへこたれないように無理したり知識をつけたり本当に頑張って挫折しまくって強くなったりするしかない。
わたしにはそういう少数派だからこその強さとか、感覚とかを持っていて、それが全てではないけどわかりやすいアイデンティティになっていると思う。アイデンティティと言えるほど強いものでもないが。
しかーし多数派の人でも強くたくましく素敵な人っている。繊細な感覚もみんなに還元しやすいパワーに変えることができる。
他人と自分を比べるもんじゃないと、いにしえの頃から言われておりますがまあこういう時。
わたしはこの人に勝てる部分があるのだろうかと言葉にも実感にもならない程度軽く絶望する。
マウントとかではなく、
素晴らしすぎて眩しすぎひん???ムリやわワシ
と消えたくなってしまう。
でもそういう人って目を見て話したりしてくれるから消えそうなわたしのタマシーをぐっと掴んであるべき場所に留めておいてくれる。まっすぐな眼差しを受け、恥ずかしさと高揚の間であっという間に心を奪われてしまう。
何を言いたかったかと言われると特に何もないけれど、すごい人はどこに行っても責任を持って素敵に振る舞うし、少数派で頑張る自分も大変だけど好きだということだ。
ただ、多数、少数で分けなければならない社会の分からず屋システムをわたしは一生許さないし、隙あらば生きるセンスのないおじさんたちが牛耳る国家を混乱させたいと思っている。
本読んだら気分が良くなった。
・お・わ・り・